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マイケル=ティルソン=トーマス×サンフランシスコ交響楽団 マーラー交響曲第8番「千人の交響曲」 |
「ぶらーぼぉ。」
サンフランシスコでマーラー8番3daysレポート。
※2009年9月ごろに録音が発売になるようです。
サンフランシスコにMTTでマーラー8番3days詣。 行って参りました。 今回はそのレポートと感想を兼ねて、超先取り録音紹介です。
私はこの曲が大好きなので、 もう至福の3日間でした。 初日はソプラノがやらかして、二日目はシンバルがやかして、三日目は崩壊寸前を何とか乗り切ってと、 色々事故はありましたが、 そんなことは、こういう演奏家に限らず、鑑賞する上ではどうでも良いんで。
いや〜、良かった〜。w 大満足。大満足。
好きな曲を3日間も連続で聴けた上に、 演奏が素晴らしい。 特に、3日目はベルティーニ超えでしょう。
いや〜、良かった〜。
サンフランシスコ交響楽団は大変上手でした。 とてもアメオケとは思えない。 しかし、それより何と言っても、今年の都響との比較で言うなら、 合唱とソリストでしょう。 もうこれは、比べること自体が間違いというくらいの差。
合唱はおそらく240人位だったので、決して人数としては多くない。 にもかかわらず、声が聴こえる聴こえる。パートの歌い分けもハーモニーも、いや、上手いのなんの。 これでノンプロだってんだから、まあそりゃ信じられませんね。 振り返ってみれば、都響でお供していた晋友会さんは存在しない合唱団だったと言っても過言ではないような。 F1とミニ四駆より違いますよね。(しかも都響の時の方が合唱多かった。w)
ソリストも、いや〜歌上手いと最高ですね、マラ8。 1、2日目は録音や三日連続の演奏というのもあって、やや保守的に歌っていたものの、3日目はノビノビとしていて、実に素晴らしかった。 テノールの魅力、バリトンの艶、天女ソプラノの技術とピアニッシモ! 歌に酔うとはまさにこのこと。 贅沢を言うなら、ホセ=クーラ並みのレベルを揃えられるんだろうけども、 そこまでしなくてもこんなにも上手い! 振り返ってみれば、都響の時のソリストは存在しなかったに等しい。w
これだけの贅沢な素材を使って、一体MTTはどういうアプローチをするんだろうと。 ところが、これがまたナカナカ一筋縄ではいかないというか。 非常に内省的な曲として捉える事から逃げずに、テンポもゆっくりとってかなり丁寧に演奏していたのは、一見危険なアプローチだったようにも。 たしかに、一大独白交響曲だから、そういうアプローチは正しいにしても、 聴き手に易しくないのは確か。 初日は2階席の天井で聴いただけに、 「ちょっと、危ないのかな?」 と思ったけれども、 二日目からは非常にそれが上手くなってきて、 三日目にはとても自然な仕上がりに。 こういう過程が見れるのも3daysの醍醐味。
特に、3日目は本当に感動。 マーラーの交響曲は感情移入すると、この上なく甘美で喜び溢れる曲とも言えるから、 入ってしまうと、たまりません。 1部の歓喜を讃えるシーンの大迫力。これは本当に凄かった! その後に続く、孤独の世界。これはマーラーの交響曲を貫くテーマと言える重要な場面。 そこから、様々な代理人や天使による議論があって。 そして、「結局、自分は何を求めていたのか。」と、はたと気付く。 この内省的な場面のゆったりした歌い回しとその美しさ。たまりません。 そこから天女のシーン以降、純粋に母性に対する愛情による赦しを求めてそれを得ることの喜びを歌うという、 非常に、人間臭い話。 交響曲にありがちな、運命との対比や神による救いというテーマではなく、 あくまで一人の人間として、自らの内面と向き合い、その救いを求め続けた、その人間臭さと男の子っぽさが、マーラーの一番のテーマであり、その魅力でしょう。 さらに、感動的なラストは合唱付きだから、終いには自分でも何となく口ずさめるところは口ずさんでしまいたくなるような、 そういう壮大な人間賛歌を目の当たりにすることができたのは、本当に運が良い。 3日間とも超満員のデイビスホールは3日間とも総立ちでした。
「ぶらーぼぉ。」
誰かが書いていたけれども、 「この曲は必ず感動するようにできている。」 この曲が好きな私としては、条件付きでこれに賛成したい。 そして、その条件を満たして余りある演奏を一連の流れで聴けた事は、自分のコンサート遍歴の中でも、素晴らしい財産として残るんだろうと思う。
しかし、 裏を返すと、こういう演奏会を聴いてしまうと、 他の演奏会に嬉々として足を運ぶ気がかなり減るのも事実で。w 「ウィーンフィル?チャイ5?あー、うーん。」 というようなテンションに陥ってしまって、今後のブログ継続も含めて、かなり危険な精神状態であることは否めない。w
素晴らしい、感動、最高。 録音買わなきゃな〜。
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